2019年 02月 06日
知っていることと伝えることは全く違うこと 幼稚園のサッカー教室にて
幼稚園のサッカー教室に参加してきました。
プレーヤーが上手にプレーすることと、分かるように伝えることは全く別物なんだなと思った次第。
ドリブルが分からない娘
雨がパラつく寒い午前中、幼稚園の全クラスの園児たちがお隣の小学校の体育館に集まり、吉備国際大学クラブチームのシャルムのお姉さま方と共にサッカー教室(という名目のボール遊び)を楽しんできた。
うちの娘は嬉しいことに僕が参加することを知ると、とてもテンションが上がったようで朝からノリノリでした。
シャルム体操をし、早速ボールが出てくるかと思いきや、氷鬼(基本は鬼ごっこで触れられるとその場で立ち止まらないといけない)が始まり体育館内をドタドタと皆で走りまわる。
中には既にヘバッている奥様方も出てくる中で、やっとボールが登場。
既に娘も『ボールまだーー?』と飽きてきたところだったので助かった。
サッカーボールを使って親子で軽く投げあってボールに慣れた後、簡易なサッカーゴールが体育館の両端に置かれた。
シャルムのお姉さま方が
『それじゃあ、ドリブルしてボールをゴールに入れましょう!』
と遊び方の説明をされ始めた時に、娘は聞いてはいるものの、この教室自体にMajiでAkiる5秒前の状態。
いざ始まる段になって、『さっ、ドリブルしてゴールしようで!』
と話しかけると
『ドリブルって何?』
と。
おっと、そこからか。
ドリブルってのは、球技において、断続的かつ連続的にボールに身体の一部で触れながらボールを保持し移動することなんだけど、この説明はいまいち分かりにくいようで。
まぉとにかくボールを蹴りながらあっちのゴールに行けばいいんだよと分かるような分からないようなことを言いながら娘と走り始めた。
知っていることと伝えることは全く別物である
親子のボール遊びの後は、年長さん(5歳、6歳さん)たちがそれぞれがチームとなり、サッカーのゲームが始まるようだった。
娘のいる年少さんは見学。
シャルムのお姉さんが、
『それでは、ビブスを着てくださーい』と言っていたが、子供たちの反応は、ん??といった様子。
うん、それは分からんだろうと。
せめてこの緑の服を着てね、とでも言えばすぐに伝わることなのに。
自分にとって至極当たり前のことは、実は人に伝えることは難しかったりする。
先程参加したあるNPOの報告会に木村秋則さんが来られて、他の講師の方々との対談、短時間ではあるが講演をされていた。
木村さんが毎回言われることで、著書にも書かれていることがあるが、「稲の気持ちになって考えましょう」という天界からのお言葉は下界の我々には実はほとんど分からない。
稲の葉や、田んぼの様子、水の出し引きなど、具体的に稲が頑張れる環境をどのようにすれば作れるのかを教えて欲しいのが実は本音。
日々の観察をおこたらないようにしましょう、ということなんだけど初心者はどこをどう見て判断すればいいのかが、木村さんの講演会の話ではさっぱり分からない。(別途行われている、木村塾では詳しい模様である)
木村さんの講演は技術指導ではないことは重々承知ではあるけど、そのほとんどが抽象的な表現が多いため、専門書を読むというより小説を聞きに行くというスタンスのほうが得られるものは多い。
もっとも稲作りにおいては、南北に長い日本列島、その気候風土の違いにより田んぼの置かれている環境条件が全く異なるため、『稲の観察』以外に成果を上げる術は無いと言ってもいいと思う。
そういう意味では、木村さんが毎回毎回講演で話されている『稲の気持ちになって考えましょう。もし私が稲だったらどうして欲しいかと考えれば、おのずとやるべきことが分かってきます』という言葉も実はそれ以上に言いようがないことなのかもしれない。
幼稚園の先生の解釈
サッカー教室の終わり、幼稚園へ帰る途中に
『今日はお父さんもお休みして、(私と)一緒にいてね』
と言われ、『ごめんね。今日はお父さんこの後、お仕事なんだ』
と返すと
『えーー!なんでーーー!』
と。さてどう話したものかと考えあぐねていると、
『○○ちゃん、お父さんがお仕事してお金をいっぱい稼いできてくれないと、○○ちゃんのお洋服も食べる物も買うことが出来ないんだよ。だから、お父さんに行ってらっしゃい言おうね』
と先生が分かりやすく伝えてくれました。
娘が、稼ぐって何?と追及してこなかったのは娘の忖度と受け取っておきます。
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